2025.07.11
よいコンセプトのつくりかた
先日、〈 「コンセプト」という言葉の曖昧さ 〉というコラムを書いた。
ざっくりまとめると、コンセプトとは、単なる言葉遊びではなく「何を守り、何を捨てるか」を決める基準であること。それが曖昧なまま進めば、誰にも刺さらないコンセプトや商品ができること。逆に、よいコンセプトは恐怖を乗り越えて、余計なものを捨て、チームを一つにし、顧客に独自の価値を届けるという話をした。
そこで今回は「よいコンセプトのつくりかた」についてざっくりとまとめてみる。(ハウツー・TIPSなので興味のない人はつまらない内容です )
まず僕はコンセプト設計の話になると、なるべく「言葉」より「構造」に注目するようにしている。経験上、コンセプトがうまく機能しないケースは、分かりやすい言葉を急いで作りすぎた結果として起きるからだ。(言葉先行で問題がないケースもある。例えばペインが顕在化している場合には、テーマやキーワード的なコンセプトでも作用する。逆に、潜在ニーズを掘り起こすようなプロジェクトは、ここで言う「よいコンセプト」が必要になる)
例えば、飲料メーカーのブランド開発で「日常に寄り添う、ご褒美ドリンク」というコンセプトが作られたとする。わかりやすい言葉だが、いざ商品パッケージを考えたり、ラインナップやプロモーションを設計すると、何を基準にしていいか分からなくなる。「日常に寄り添う」も「ご褒美」も抽象度が高く、その関係性も曖昧だからだ。具体的なシーンやユースケースも湧きづらい。
一方で、「よいコンセプト」を作り上げた実際のプロジェクトの例を紹介する。(実際のプロジェクトをそのまま書くことはできないので、少し業界を変えたり抽象化したり意図的に類推したりしている)
とある飲料メーカーのプロジェクトでは、最初に「働き方や暮らし方が多様化し、1日の中に小さなリセットの時間を求める人が増えている」という社会背景を置いた。そこからインタビューなどを経て、「忙しさや情報過多の中で、一瞬だけ気持ちを切り替えたい」という生活者の課題が抽出された。さらに、それを解決する機能・情緒として「短時間で五感がリフレッシュする」「自然由来で罪悪感がない」といった方向性が浮上した。
この背景・課題・解決の因果構造を踏まえて導き出した概念が、「小さな儀式を持ち歩く」という中核の仮説だった。この仮説を生活者インタビューや試飲会で検証し、崩しては組み直すことで、最終的に「毎日の小さなセレモニー」というプロダクトコンセプトに収束した。
こうした構造的な設計プロセスを経たことで、パッケージやカラー、味、広告コピーも一貫して「罪悪感のなさ」だけでなく「ちょっとひと息つく体験」に統一され、消費財でありがちな「便利」「日常使い」「ヘルシー」といった浅い打ち出しに留まらなかった。
ホテルブランドの再設計プロジェクトでは、まず「リモートワークの普及などから働き方の境界が曖昧になり、旅の目的が『非日常』から『もう一つの暮らし』に変わりつつある」という社会背景を起点に置いた。そこから「旅行者が滞在先に求めるのは、観光よりも自分らしくいられる時間や場所」というターゲットのニーズが見えてきた。
これを受けて、ホテルとして解決すべき価値は「自宅よりも整っていて、なおかつ自宅のように緩める空間」という機能・情緒に整理された。この背景・課題・解決の三層構造を繰り返し検証する中で、「他人の暮らしを少し借りる」という中核の問いにたどり着いた。
最終的には「他人の家を訪れたようなパブリックスペースと自宅以上に気の利いたプライベート空間」というコンセプトが生まれ、そこから内装設計、ロビー、飲み物の選定、接客トーン&ボイス、家具選び、サービスオペレーション、Web予約動線に至るまで、全てがその問いから設計された。
上の例はある種の汎用モデルだと思う。飲料メーカーでもホテルでも、やっていることは構造的に捉えればほぼ同じと言える。
① 社会背景の設定(変化の兆しなど) → ② そこから自然に生じる生活者の課題や違和感 → ③ 課題や違和感を解決する具体的な機能・情緒 → ④ それらを結ぶ問いや概念の設定 → ⑤ 最後に言葉として結晶化
つまり、「背景→課題→解決→問い」という「構造」をつくってから、最後に「言葉」、つまりスローガンやコピーに落とし込むイメージ。これが構造的によいコンセプトを設計する方法で、いきなりいい感じの言葉やそれっぽい言葉を考えるより一般的な人も含めて再現性は高いと考えている。
ここから、僕が普段意識しているコンセプト開発、コンセプト設計のTIPSをいくつか挙げてみたい。(コンセプト関連の著書で書かれている主張も紹介)
まず上の例に書いたように、「構造→言葉」の順序を絶対に崩さないこと。玉樹真一郎さんの著書でも書かれていたように、コンセプトは設計図であってラベルではない。にも関わらず、多くの場面で「差別化ワード」を先に置いてしまう。それがよくある落とし穴だ。(コピーライターのような言葉選びのセンスがない人は先に言葉を作らないこと。また、組織として推進していくなら構造で解釈させて納得度を高めたほうがよい)
もう一つは、違和感やコンセプトの矛盾をなるべく早い段階でメンバー間で共有し合うこと。細田高広さんが著書『コンセプトの教科書』で指摘するように、コンセプトは「納得をつくる技術」だ。現場や生活者を観察して湧いた違和感を、抽象化せずそのまま並べるフェーズを設けると、コンセプトの骨格が強くなる。これを飛ばしていきなり言語化に入ると、コンセプトは美しいが耐久性のないものになりやすい。
さらにコンセプトを一度わざと崩してみるプロセスも大切だ。言葉として成立した時点では多くの場合きれいすぎる。そこに「本当にこれが唯一の答えか」「逆にしたら何が崩れるか」という問いを複数当てていく。吉田将英さんの『コンセプト・センス』では、ここでブランドの持つ物理的・文化的資産との接点を再確認する重要性が語られている。
この視点も含めて改めて整理すると、良くないコンセプト開発・設計の例は以下のようなパターンが多い。
A) 競合との差別化を言葉だけで処理しようとする(ロジカルな人のアンチパターン)
B) ペルソナやターゲットのタイプや行動を言葉遊びに変換するだけ(広告代理店系のアンチパターン)
C) いい感じのワード・スローガンを作ることが目的化する(コンセプト目的化のアンチパターン)
再度まとめると、(再現性の高い)「よいコンセプト」開発・設計は以下のようなプロセスを踏んでいる。
① 「背景」社会や生活の変化を解像度高く観察する(数字や現場の声をできるだけ多く)
②「課題」課題や違和感を抽象化せず並列的に置く(整理は一旦あとから)
③「解決」構造的な因果関係や優先度を仮説として組む(仮説の構造化と優先順位付け)
④ 「問い」初めて言葉に落とし、それを何度も壊しては検証する(問いの設定とブラッシュアップ)
⑤「言葉」最後に表現としての言葉をデザインする(言葉の収れん、結晶化、シンプル化)
コンセプトとはわかりやすさを得るための「最初の言葉」ではなく、行動や投資の基準を定めるための「前提条件」とも言える。コンセプトの脆弱さは、後々のUIや空間、体験デザインのブレとして必ず現れる。だからこそ、先に言葉に飛びつかず、まず構造をつくる。そこから得た問いや仮説を何度も検証し、ようやく言葉に昇華する。それが、再現性のある、ロジカルかつ強度の高い「よいコンセプト」のつくり方だと思う。