コラム

COLUMN:

「コンセプト」──曖昧に乱用される便利な言葉

「コンセプト」という言葉は、ビジネスやデザインの現場でよく使われる。しかし、ここまで曖昧に扱われる言葉も珍しい。

事業コンセプト、ブランドコンセプト、商品コンセプト、サービスコンセプト、デザインコンセプト、コンセプトカー、コンセプトショップ。どこにでも登場するわりに、その場で「何を意味しているのか」を正確に共有できているチームは多くない。

とあるミーティングの際、ある企業の上位者が「コンセプトはユーザーファースト」と口にしていた。もちろん言いたいことは理解はできる。その場のミーティングはすんなり終わったが、結局「何を守るべきか」「何を捨てて何を尖らすか」は語られなかった。

その後、各々のイメージや具体例にズレが判明したり、レガシーなオペレーションやアーキテクチャーを是正できないまま議論が進み、結果として見た目は綺麗になったが、顧客体験は以前とほとんど変わらないモノができたのは言うまでもない。

そもそも、業界の人々はこの曖昧さをどう扱ってきただろうか。


博報堂の高橋宣行氏は「コンセプトとは新しい視点と独自の提案性を持った言葉」と言い、水野学氏は「プロジェクトの警察」、電通の山田壮夫氏は「サーチライト」と表現する。確かにその通りだし納得もする。

でも、それは彼らが膨大な試行錯誤を経て抽象化されて語れる言葉だ。一般的な人々がその抽象度でそれを表面だけなぞっても、本質には触れられないように思う。

(合気道の達人が「合気道は呼吸」と言っているようなもので、一般人が呼吸のみ真似ても合気道は習得できない。ちなみに、デザイン思考ブームの時にも似たような抽象化をよく見かけた)

もっと冷徹に、実際の行動に即して言えば、コンセプトとは「何を守り、何を捨てるかを決める基準」を端的に表したものだ。

(補足として、学生への説明は「旗印」や「灯台のようなもの」で良いかもしれないが、ビジネスシーンでは少し曖昧さが残るのでビジネスシーンで運用しやすい説明にチューニングしている)

そこにこそコンセプト最大の難所がある。多くのプロジェクトでコンセプトが曖昧なまま進行するのは、単に勇気がないからというより、組織が意思決定の責任を明確に取れない構造があるからだ。いろんな部署の声をすべて取り込み、摩擦や対立を避け、話しづらい議論や曖昧な論点を先送りにすることが多い。その結果、何も尖らない、誰にも強く刺さらないアウトプットが出来上がる。

例えば、スターバックスの「サードプレイス」や、旭山動物園の「命の輝きを伝える」が何度も引き合いに出されるのは、この「何を守り、何を捨てるか」が明快だからだ(何度も擦られた事例で恐縮)。

スターバックスは、ただのコーヒー屋ではなく、家や職場でもない第三の場所になることを最優先したからこそ、椅子の選び方や店舗のレイアウト、照明やインテリアの色味も一気通貫で説明できる。

旭山動物園は、動物を見せるのではなく、その行動を見せることで「命の輝き」を伝える。そのための水中トンネルや行動にフォーカスした展示は、このコンセプトのおかげで体現できた一貫性だ。

AKB48の「会いにいけるアイドル」というコンセプトは、アイドルとは遠くから憧れるものという固定観念を壊した。歌唱力やビジュアル、ダンススキルといった従来の「アイドルの価値」を最大化するのではなく、ファンが求めていた「推しに会いたい」という深層心理を突いた。そしてそのコンセプトは握手会や総選挙といった参加型施策に一貫して貫かれている。

Airbnbの「その街で暮らすように滞在できる体験(Belong anywhere / Live there)」というコンセプトは、既存のホテルとは全く違う世界観だった。ホテルが贅沢で均質な体験を提供するのに対し、Airbnbは「ホテルでは得られないくつろぎ」と「文化を生で味わいたい」というニーズを掘り起こした。ホテルよりも多少不便になることもあるが、その利便性を捨てて価値を尖らせている。

強いコンセプトには必ず、「余計なものを切り捨てる決断」がある。


QBハウスは「10分の身だしなみ」という短いカットに特化することで、通常の理髪店のサービスをすっぱりと捨てた。

Appleの初代iPodは「音楽を千曲ポケットに(1,000 songs in your pocket)」に絞り、音質やハイレゾ競争を全て捨てた。(当時のオーディオプレイヤー市場は、CDプレイヤーやMD、高級オーディオマニア向けに音質や再生の高精度化を競う時代だった)

それに比べ、世の中の多くのプロジェクトでは「何を守るか、何を捨てるか」を決めきれていないことが多い。様々な立場の利害を考慮しているうちに、表現・体現されるものが安全でつまらないものになる。

コンセプトは言葉遊びではなく、プロジェクトの骨格だ。ときどき見かける、耳障りがいいコンセプトや、それっぽく聞こえるコンセプト、実は何も言ってないコンセプト、テーマやキーワードしか言ってないコンセプト等には注意が必要だ。

良いコンセプトには、明確な「意志と戦略」がある。何を残し、何を捨てるか。捨てる時に恐怖や不安もあるだろう。しかし、その明確な意思を共有するからチームは同じ方向を向けるし、顧客はその独自性に価値を感じ、市場が反応する。

曖昧なものを排除し、本当に大切な要素を強化する。メンバーが同じ方向を迷いなく見られる。恐怖や不安よりも強い意思と戦略が表現されている。それが「曖昧さのない、明確で良いコンセプト」ということなのだろう。