コラム

COLUMN:

デザイン会社はなぜ自社事業を始めるのか

少し前、東京藝大時代からの友人であり、デリシャスカンパニー代表でもある半田悠人と今回のテーマについて会話する機会があった。

ありがたいことに、彼はこのコラムを読んでくれているそうで、その際に「このテーマで書いて欲しい」的なことをサラッと言っていた。本人はもう忘れているかもしれないが、今日はその言葉を借りる形で考えてみたいと思う。

そもそも、多くのデザイナーはクライアントワークに疲れている。

インハウスを除けば、デザイナーの多くはクライアントワーク、つまり受託業務によって生計を立てている。だからこそ、受託に対する疲労感を個人の問題として片づけるのは危険で、その背景には業界や仕事の構造そのものが抱える課題があるように思う。

例えば、急な修正、膨らみ続ける要件、リスペクトの欠如、デザインに対する理解不足。それに見合わない予算、スケジュール。多重下請け構造、意思決定者が不在、関係者が多すぎることによる、ちゃぶ台返し。

現場ごとに濃淡はあるが、どこも似たような声が聞こえてくる。

そもそもデザインという仕事は、価値が評価されるのは後なのに、コストだけは先に固定される。しかも、多くの場合、報酬が支払われるのは納品後であり、キャッシュフローにおいても制作側が負担を抱えることが多い。

さらに厄介なのは、プロジェクトに伴う不確実性の多くを受託側が引き受けていることだ。たとえば、要件が固まらないフワッとした状態で受託が始まることもあれば、途中で方針が変わることもある。しかし、それによって生じる追加コストや手戻りは、発注側が負担したり担保してくれるわけではない。

加えて、次の仕事を失うかもしれないという不安は常につきまとう。そのため、本来であれば言うべきことでも言えなくなる。結果として、発注者と受託者の間には「強い側と弱い側」の関係が明確に生まれやすい。

このように、デザイン会社をとりまくあらゆるリスクやプレッシャーや力関係は、構造的に避けがたい状況になっていると言える。

そして昨今、周囲を見渡すとデザイン会社がカフェやバーを始めたり、アパレル、シャンプーや香水といった消費財系の自社ブランドを立ち上げたり、事業承継や自社事業開発などによって自分たちで事業を立ち上げるケースをよく目にする。僕のもとにも「新しく事業を始めたい」「自分たちのブランドを持ちたい」といった相談が以前より増えた。

規模や業態の違いはあれど、受託を主軸としてきた会社やクリエイターたちが、自ら事業を持とうとする流れは、ここ数年で確実に広がっているように見える。

また、フォントを制作・販売したり、イラストパックやスライドテンプレートを販売したりする人も増えた。いわゆるアセット販売。一度作れば繰り返し販売できるため、このモデルは時間を切り売りする受託業務とは違う収益構造を持っている。制作したアセットが継続的・長期的に価値を生み出す点は、労働集約型の受託とは対照的である。

さらに、インターネットやSNSを通じて個人でも広い市場に対して、あるいはエンゲージメントの強いファン顧客に直接アセットを届けられるため、このような仕組みは現代の環境とも相性がいい。

一見するとバラバラに見えるこれらの動きに共通しているのは、デザインの価値を「納品」によって手放すのではなく、自ら保有し、自ら回収できる構造へ移そうとしている点にあるように思う。実際、デザイナーやクリエイターと話していると、「できることなら受託以外の形で価値を生み出したい」という感覚が根底にあるように思う。クライアントワーク依存から少しでも距離を取りたい、できればクライアントワークを続けたくないという欲求のようなものが背景にある。

この流れは、単なる個人の志向や一時的な流行として片付けられるものではないように思う。おそらくその背景には外部環境の変化もある。

D2Cのブーム・台頭によって、ブランドと顧客が直接つながることは特別なことではなくなった。加えて、OEMや製造の選択肢が広がり、小ロットからでもプロダクトを持つことが現実的になっている。

さらに、ShopifyをはじめとするEC基盤、決済サービス、物流インフラの整備によって、商品を作り、販売し、顧客に届けるまでのハードルはかつてより大きく下がった。以前であれば一部の企業にしかできなかったことが、今では小さなチームや個人でも簡単に挑戦できる環境になった。

デザイナーやデザイン会社が事業側に入るための外部条件は、この数年で明確に変わった。スキルや能力の問題というより、構造的に参入しやすくなった。一方で自社事業に移ることは単純な解決ではない。ここで起きる変化の本質は「意思決定の重心や責任」が変わることにある。

受託では、デザインは切り出された納品物として扱われることが多い。一方で自社事業では、すべてが垂直統合的に接続される。どの価格で売るか、どのチャネルで、どの顧客をどう取るのか。すべての選択がそのまま数字に返ってくる。

これまで多くのデザイナーが緩やかに距離を取ってきた数字と向き合うことになる。売上、原価、粗利、在庫回転、LTV、棚、販管費、人件費、税金。これまで数字と強く向き合ってきていないデザイナーは、やってみて初めて分かるビジネスの難しさ、利益を残すことの難しさを感じることになる。美的感覚やセンスが意思決定の源泉だったが、数字は想像以上に意思決定の前提になることを知る。そして、数字は残酷で冷酷に、現状を可視化する。

ビジョンドリブンでコンセプトも見せ方もいい。デザインやクリエイティブ系の会社がいい感じのサービスが始まっても、最終的にBtoB向けにピボットしたり、福利厚生向けサービスに収束していく様を何度も見てきた。もちろん、それが悪いわけではない。しかし、美しいビジョンやセンスのいいビジュアルや見せ方に対しても、ゆっくりと数字が現実を示してくる。そしてその数字をもとに意思決定しないといけない瞬間がくる。

どれだけ美しいかだけではなく、その意思決定がどの程度のリターンを生むのか。体験の質と収益構造が接続されているか。そこまで含めて設計できるかが問われるようになる。

そう考えると、これからのデザイン会社の分岐は、大きく分ければ比較的シンプルに思う。

ひとつは、これまで通り受託を続けながらも、単なる制作会社ではなく、より上流工程、つまり事業や経営の意思決定に近い立場で関わるようになる道。高付加価値、高単価のコンサル的な立場になっていく道だ。

もうひとつは、受託で稼いだ資金で自社事業を始めて、自社事業売上比率を上げてリスクとリターンの双方を引き受ける道。

3つめがその中間モデル。売上連動、エクイティ参加、共同事業などを通じて、提供した価値と受け取る対価をより直接的に結びつけようとする考え方だ。

もっとも、この中間モデルは合理的に見えて、実際には簡単ではない。キャッシュフローは不安定になりやすく、成果の評価基準も曖昧になりがちだ。さらに、複数の利害関係者が関わることで意思決定は複雑になる。設計を誤れば従来の受託以上に不安定な状況になる可能性もある。

結局のところ、問われているのは「何を設計するのか」ということなのだと思う。ビジュアルや体験を設計するのか。それとも事業そのものを設計するのか。事業に関わる意思決定やプロジェクトの文脈そのものを設計するのか。

上流工程へ踏み込むほど、デザインが及ぼせる影響は大きくなる。しかし同時に、その結果に対する責任もまた大きくなる。

そして、この流れをさらに加速させる要素として生成AIの存在も無視できない。

AIは制作を効率化するだけではない。一定水準のアウトプットや、プロ向けツールを扱えること自体の希少性を下げる側面も持っている。以前であれば専門的な知識や技術を必要とした作業も、AIを活用することで短時間で実現できるようになった。もちろん、高度なクリエイティブや優れた審美眼が不要になるわけではない。しかし少なくとも、制作速度やアウトプット量だけで差別化することは徐々に難しくなっていくはずだ。

さらに重要なのは、クライアントが外部に発注する理由そのものも変わり始めていることである。これまでは社内に制作できる人材がいないことが外注の大きな理由だった。しかしAIによって、一定水準のアウトプットであれば社内でも作れるようになりつつある。実際、欧米では広告やコンテンツ制作を内製化する企業も増え始めている。

その結果、外部のデザイン会社に求められる役割も変わる。単に作ることではなく、何を作るべきかを定義すること。ブランドや事業の方向性を整理し意思決定を支援すること。つまり、アウトプットよりも判断や文脈作りそのものに価値が移り始めている。

また、AIによって制作の効率が上がるほど、クライアントはより多くの案やより速い対応を期待するようになる。一方で、制作にかかる時間を根拠にした価格設定はどんどん難しくなっていく。制作会社は効率化しているにもかかわらず、価値を説明しにくくなるという状況が生まれていくはずだ。

おそらくいま、デザイン会社は大きな変化の中にいる。Figmaの「Design is Dead」に対する皮肉と発信も、その大きな変化のひとつを物語るものだろう。納品を前提とした組織として最適化を続けるのか、事業主体として再定義するのか。あるいは、そのあいだに新しいモデルを見つけるのか。

一見すると働き方や収益モデルの話に見えるが、芯で起こっているのは「価値を誰が保有し、誰が回収するのか」という構造の変化の話なのだと思う。

これまでデザインは価値を生み出しても、その多くを納品とともに手放してきた。しかしいま、多くのデザイナーやデザイン会社が模索しているのは、その価値をどう保有しどう回収するのかという問いなのかもしれない。受託、自社事業、アセット販売、共同事業。形は違っても、その先にある問題意識は案外同じなのかもしれない。

その変化は、すでに始まっているように見える。

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