コラム

COLUMN:

煙に巻くデザイナーの罪と魔力

クライアントの質問に対し、デザイナーが抽象度の高い表現に、専門用語を混ぜて答える。

クライアントは、違和感を感じつつもそれ以上は踏み込めず、その場を丸く収める。そんな場面に僕はこれまで何度も立ち会ってきた。クライアント側もデザイン・コンサル側の立場の経験もあるので、どちらの気持ちも理解できる。これは、「煙に巻くデザイナー」の典型例だと感じている。

抽象表現そのものが悪いわけではない。むしろ抽象は、複雑なものを扱うときに大きな力を持つ。曖昧さの中に筋の良い洞察が潜むこともある。ただ、その抽象が「考えていないところを隠すための霧」として立ち上がるとき、相手は途端に思考プロセスへのアクセス手段を失ってしまう。

「煙に巻くデザイナー」現象を見ていると、いくつかの共通したパターンがあるように思う。その構造を、一度言語化しておきたい。以下の3つのタイプで分類してみる。

① 抽象ワード多用型:論理の空白をレトリックで埋める

言葉の響きや比喩は綺麗だけれど、よくよく聞くと意味が通っていないタイプ。特にテキストに起こして読むとロジックが壊れてたり、飛躍がある。抽象度の高いグラフィックや、耳障りのいいワーディングで押し切っているパターン。それっぽい言葉と印象的な画像イメージで資料が並ぶが、それがどんな課題に対してどう応えているのかははっきりと明示されない。

このタイプは、ロジックの隙を詩的な言い回しや比喩表現、感情表現で包むことが多い。結果としてフィードバックも検証も交わらないまま曖昧に終わる。

② 専門用語バリア型:理解の非対称性を武器にする

業界用語や海外での流行の言葉、新しい概念を並べて相手の理解を封じるタイプ。言葉や概念そのものは意味があるものかもしれないが、それがこの場面にどう関係しているのかが正確に語られない。または、以前からある概念をただ新しい言葉で言い換えているだけで、それとの違いを明確にしないので解釈が微妙にブレる。

このタイプは、専門知識の優位性を会話の主導権にしたり情報量や手数で煙に巻く。中身のない資料だけど、やたらと枚数が多めになりがち。やたらといろんな海外事例などを出して、情報量で殴って煙に巻くことが多い。

③ 直感の飛躍型:プロセスの不可視化を正当化する

直感や美的感性でゴリ押しするタイプ。本来、クリエイティブジャンプとは、「蓄積された思考や検証の先に成立する飛躍」であり、そこにはロジックや文脈、細かな制約との格闘の文脈があるはずだ。けれどこのタイプは、そのプロセスを言語化せず結果だけを提示する。

それがどんな問いに対する解なのか、どのような課題に向き合って導き出された選択なのかが共有されないままでは、評価も改善もできない。途中の思考のアンカーポイントが見えてこないため、他者がそこにアクセスすることができなくなる。

このタイプがやっかいなのは、「説明しないこと」に哲学性が付与されがちな点にある。都合が悪くなると「クリエイティブジャンプ」と言って煙に巻く。そうして、そこに本来あったはずの思考の重みや構造の繊細さが共有されないままとなる。結果としてレビューやフィードバックも非常にしづらい。

煙に巻く言葉には、確かに一種の魔力がある。論理が通ってない事柄を時に通せてしまうからだ。また、理解されないことで逆に「なんだか、すごそう」「すごい」と錯覚させる力もある。けれど同時に、信頼というのは「正しく理解できたとき」に生まれるものだとも思う。

本当の意味で強いデザインとは、「抽象と具体の間に強度の高い橋」をかける力を持っている。腑に落ちる説明は言葉の飾りではなく、デザインプロセス・設計プロセス・提案プロセスと結びついたものでなければならない。

誤解のないように補足するが、「全てを言語化せよ」と言いたいわけではない。言葉にならない領域があることもデザインの本質だ。ただ、それを免罪符にせずアウトプットや提案やクライアントに、そして言葉や視覚表現に誠実であること。それがクライアントのモヤっとした煙を晴らす態度だと思う。

言葉で煙に巻くのではなく、言葉で霧を晴らすこと。仮に不器用でも、その霧に正面から向き合おうとするデザイナーの方が、僕はずっと信頼できるし、一緒に仕事をしたいと思う。

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