2026.04.25
左脳型?それとも右脳型?
「左脳型? それとも右脳型?」
よくある問いで、質問をされたことも。反対にしたこともある。デザインをしている、芸大卒と言えば右脳的だと言われ、数字や構造の話をすれば左脳寄りだと言われる。
コミュニティによっても変化する。僕以外がロジカルな人が集まっていると僕は感覚や感性的なタイプと見られるし、感覚的・直感的な人が集まっている場だと、反対にロジカルタイプだと言われることもある。
一般的に、左脳は言語や論理的思考、計算などを司る分析脳とも呼ばれ、右脳は感性、直感、創造性、空間認識などを司る感覚脳とも呼ばれている。
確かに、左脳型・右脳型という二項対立的な分け方が機能していた時代はあった。
正解がはっきりしていて、役割分業が前提の社会では、論理に強い人、表現に強い人を分けることは合理的だったように思う。分析は分析の専門家が行い、表現は表現の専門家が担う。その分業構造は、一定のスピードと再現性を生んできた。
けれど現在においては、その前提が少しずつ崩れているようにも思う。生成AIの登場によって、ロジックも文章も、ある程度の水準までは一瞬で生成・補強できるようになった。考えることも、つくることも、それっぽいものを出すだけなら特別なスキルは必要ない。もちろんAIを活用するためのロジックや創造性は一定程度必要な前提ではあるが、片側だけの強みは徐々にコモディティ化しているように思う。
この変化が壊したのは、能力そのものというより役割の分業なのだろう。
考える人とつくる人、構造を描く人と表現する人を分ける設計自体が、現実のスピードに追いつかなくなっている。問いを立て、その場でカタチにし、違和感を感じて修正する。その往復が、ひとつの思考の中で求められるようになった。
最近ときどき耳にする「左脳×右脳のハイブリッド型」という言葉も、単純に両方できる人という理解では解像度が足りていないと感じる。ハイブリッドとは、能力の足し算ではない。同時にすべてをやることでもない。むしろ大事なのは、問いや状況に応じて思考のモードを切り替えられることだろう。
発散と収束のプロセスでは、特にハイブリッド型の思考が力を発揮する。
たとえば発散フェーズでは、感覚的なタイプが強い。細かい制約を気にせず、まだ言語化しきれない違和感やイメージを投げ込むことができる。一方で、アイデアは広がり続け、どこにも着地しないことがある。話題が飛び、論点が散り、「面白かったけど、何も決まっていない」状態になることが多い。
逆に、ロジカルな人だけが集まると今度は発散が膨らまない。「前提が」「実現性は」「数字が」といった問いが早い段階で入り、アイデアは芽を出す前に萎えてしまう。議論は整っているが、新しい視点が生まれない。
一方でハイブリッド型は、これを往復できる。
感覚的な発散時には、「今は広げる時間」と一度受け止める。適切なタイミングで思考を切り替え、「何が共通しているのか」「どこに構造があるか」「次の論点はどこか」と収束に入る。そして一定程度詰めたあとに、もう一度直感に戻って、新たな仮説を展開したり、新たな示唆を引き出すこともできる。
この行き来を自然に繰り返せる人は、思考と判断の精度が高い。結果としてアウトプットや仕事の精度も高い。速く結論を出すというよりも、思考のモードを適切に切り替えられる。発散を殺さず、収束を遅らせない。そのバランス感覚こそが、現代におけるビジネスやデザインの世界で求められている能力だろう。
おそらくこれから価値を持つのは、どの問いに、どの段階で、どの思考モードで向き合うかを判断して切り替えられる人なのだろう。
選ぶべきは左脳か右脳かの立場ではなく、段階における思考モードの違いに注目しコントロールできることなのだと思う。必要に応じて、適切に思考や問いを切り替えられるかどうか。その柔軟性が、これからの時代のあらゆる職種に求められる強さになると感じている。