コラム

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格闘技ブーム再熱についての考察

総合格闘技団体であり格闘技イベント「RIZIN」をPPVで観る機会が増えた。日本においてここまで格闘技が流行ったのは、K-1, PRIDE時代以降初めてだろう。特に当時の男性は大人も子供も、アーネスト・ホーストやボブサップ、ミルコ、ノゲイラ、ヒョードル、マーク・ハント、ヒクソングレイシー、魔娑斗や山本KIDについて語っていた。

RIZINの大会前夜、煽りや会見の切り抜き映像がYouTubeやSNSで再生され、当日は X のタイムラインが試合結果で埋まる。かつてPRIDEの熱狂を地上波で見ていた世代としては、観戦熱が同じ温度で戻ってきたことは驚きを感じつつ、どこかで懐かしさや歓びも感じる。

そこで今回は、格闘技ブームが再熱した理由などを考察してみようと思う。

① 日本の格闘技ブームが再燃した理由
日本の格闘技ブームが再燃した理由の一つとして、コロナ禍に東京ドームで開催された「THE MATCH 2022」が挙げられる。コロナ禍で人々の可処分時間は増え、収入面でも一部は支出が減り可処分所得が増加した。加えて、長引く外出制限や先行き不安からストレスが蓄積する一方、地上波テレビはコンプライアンスへの配慮から刺激的なコンテンツを回避する傾向を強めていた。こうした環境下で、天心 vs 武尊というカードは格闘技ファンのみならず一般層の関心を大きく集める結果となった。

その後の流れを牽引したのが、朝倉未来の存在だ。彼はYouTubeを通じて格闘技や格闘家に出会う入口をつくり、さらに「ブレイキングダウン」によって市場を大きく拡張した。こうした動きに加え、PPVとSNSを掛け合わせた仕組みが相乗効果を発揮した点も見逃せない。従来の地上波モデルでは、放送枠に合わせて試合スケジュールを調整し、スポンサー収入で制作費を賄う構造が一般的だった。これに対しRIZINはAbemaやU-NEXTといった配信プラットフォームを介し、まずコアファンからPPVで直接収益を得る一方、ハイライト動画や煽り映像をSNSに流すことで興味関心の裾野を広げる「ハブ&スポーク型」を採用した。視聴者は短尺動画で関心を高め、その後PPVを購入して試合を視聴するという二段階の行動設計に誘導される。

② 格闘技のストーリーテリング化
特にRIZINは「実力主義」だけでなく「ストーリーテリング主義」が特徴だ。アメリカの格闘技団体のUFCなどは実力主義であり、良くも悪くもドライでコンスタントに試合が行われる。一方で、RIZINはもともとプロレスの文化背景をもっていることもあり、物語的に興行が行われる(そのせいでリングがケージではなくロープになっていたり、一部ルールがガラパゴス化していることもある)。事前に十分なストーリーを育んでから試合が行われるのが特徴だ。那須川天心や朝倉未来、平本蓮のようにSNSフォロワーを多く抱える選手を興行のメインカードやサブカードに据え、格闘技未経験層を可視化されたファンコミュニティごと呼び込む。この「ファンベース連動カード」はPPVモデルと親和性が高く、フォロワーやファンがそのまま潜在PPV購入者に変換されるため、興行側は「実力×話題性」で評価し、カードごとの売上予測を立てやすい。

③ 副次的経済圏の形成
RIZINではPPV収入に加え、ファンイベントやグッズ販売といった周辺ビジネスが成長している。テレビ放送では「放送終了=タッチポイント終了」だったが、PPV配信やオンデマンド視聴の普及により、試合後もファンとの接点を継続しやすい。またスポンサー側も、従来の視聴率や露出量だけでなく、配信プラットフォームを介した購買データやファンの行動データを活用したマーケティングに関心を示す傾向が強まっており、こうしたデジタル基盤がスポンサーシップの新たな魅力となっている。

④ 社会的コンディションとの親和性
コロナ禍で観客動員が制限された時期、スポーツビジネスは一斉にライブ配信を模索した。RIZINはもともとPPV比率が高く、無観客や半減客でも収益構造が大きく崩れなかった背景があった。加えて、在宅時間の増加で「リアルタイム視聴+チャット(またはXなどのSNS)」のライブ体験が娯楽の主流となり、格闘技の一発勝負性がSNS拡散と噛み合った。

⑤ メディアとファン心理の変位点
テレビ時代は実況席のテンションや編集で盛り上げが制御されていた。いまはファン同士のスペース配信やDiscordが「実況席」になったり、元格闘家や現役格闘家などがRIZINの興行時にYouTubeライブ配信で解説をしたりもする。格闘技関連のコンテンツとチャネルはYouTube、X、TikTok、note、などで発信され、公式以外のコンテンツがファンや格闘家から量産され、コミュニティが拡張されていっている。RIZINは公式ストリーム以外のUGC拡散を意図的に許容し、二次創作的な解説や切り抜きがネット空間で熱量を自己増殖させる設計を採っているように思う。これは著作権統制を強めた旧来スポーツとの大きな差分だ(ある程度の規制はしているが、他のスポーツよりは緩いように感じる)。

こうして複合的な理由が重なり、日本の格闘技ブームは再び熱を帯びた。RIZINをPPVで観る機会が増え、SNSやYouTubeのタイムラインは試合前後の話題で埋め尽くされる。かつてPRIDEを地上波で観ていた世代としては、その熱気が同じ温度で戻ってきたことに、少し驚きながらもどこか懐かしさや歓びを覚えている。

もっとも、こうした急速な盛り上がりには、同時にいくつかの脆さも見え隠れする。格闘技というビジネスが持続的に成長していくには、いくつかの条件が揺らぎやすい構造を抱えているからだ。

まず一つは、PPV単価の問題だ。コアファンの熱量によって市場は支えられているが、その購買力にもいずれ上限が訪れる。価格弾力性が急落すれば、これまでのような成長曲線は鈍化しやすい。

次に、カード編成のネタ切れリスクがある。知名度と実力を兼ね備えた選手同士のマッチメイクは限られており、やがて話題性を担保できるスター素材が枯渇する局面がくるかもしれない。怪我や海外移籍といった予期しない要因も、選手層の薄さに拍車をかける。

また、今は比較的寛容に許容されているUGC(ユーザー生成コンテンツ)の拡散が、権利保護強化によって急に締め付けられる可能性もある。違法配信や切り抜きへの対応が強化されれば、無料の話題拡散のスピードは一気に鈍る。

スポンサーのROIも重要だ。DAUやCTRが頭打ちになれば、広告予算は他ジャンルのスポーツやeスポーツへ移るかもしれない。特に暴力性やギャンブル的要素への慎重姿勢が強い企業・ブランドにとって、格闘技はリスクの大きい投資先でもある。

そして何より、倫理や安全性の問題は、常にこの競技の背後にある。選手の健康被害や反社的なイメージ、賭博との親和性などが再び世間の批判を集めれば、プラットフォーム側が配信規制を強化し、成長のエンジンが抑制される展開も想像に難くない(過去、PRIDE崩壊時にも実例がある)。

こうして見ていくと、PPV収益、話題性、スポンサー投資、UGC拡散、レギュレーション、そのどこかが崩れれば、いまの成長は容易に減速する可能性がある。

つらつらとビジネス視点で書いたが、つまるところ一番わかりやすく重大なリスクをシンプルに言うと「朝倉未来」という個の人気に「RIZINや国内の格闘技市場が大きく依存」している構造だと思う。彼の影響力や熱量が落ち込めば、市場は同じスピードで冷えていく可能性がある。だからこそ、RIZINが次のスター候補を複線的に育てようとするのも自然な話だろう。(朝倉海はUFCに行ってしまい、平本蓮はステロイド疑惑で失速、安保瑠輝也も影を薄め、ヘビー級の人気もなかなか上がらない状況がある)

個の人気に収益モデルを大きく依存する構造を「スター依存型エコシステムの脆弱性」と名付けてみる。これは、短期的には強い熱を生むが、中長期の安定性には不安がつきまとう。会社や組織でも、同様の構造には往々にしてリスクが潜んでいる。RIZINが次代のスターを探し、育てることにこれほど神経を注ぐのは、その危うさを痛感しているからなのだと思う。

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