2025.01.10
ビジネス視点で捉える D2C 企業のこれから
広告を増やしても売上は伸びる。でも利益は動かない。とあるD2Cブランドの創業者がふと洩らしたこの言葉が、妙に耳に残っている。
プロダクトの評判は悪くない。SNSのフォロワーも着実に増えている。それでもどこかで、壁に当たっている感覚がある。日本でD2Cがある程度まで育つ例は増えてきたけれど、その先にぐんと伸びるストーリーは、北米のそれに比べるとまだ少ない。なぜなのか。
僕はこれまで幾つかのブランドの裏側に立ち会ってきた。そこで感じた理由は単純だけど深い。市場の規模や文化的な要因、構造的コスト、そして組織の設計。それらが複雑に絡まり合っている。
まず、日本は単純に市場規模が小さい。人口は米国の1/3、しかも可処分所得も鈍化傾向にある。ECでいえば、実際に手に取ってから買う安心感を大事にする消費文化も根強く、どうしてもInstagramやGoogle広告だけでは突き抜けられないことが多い。
では、広告を増やしていくとどうなるか。CPAは徐々に高騰し、物流コストも上がる。D2Cは「中間を省いて直接届けるから利益が残る」という美談で語られがちだけれど、実際はその省かれたマージンは広告費と配送費に吸い込まれていく。送料無料にすれば利益が飛ぶし、送料を載せれば転換率が落ちる。
厄介なのは、ビジネスが立ち上がった後だ。最初は創業メンバーの熱量やセンスでどうにかなる。撮影も、CSも、広告運用も、全部少人数で運用できる。だけど受注が増えた途端、在庫や顧客対応、法務やレポートといった細かな歯車が徐々に狂い始める。そこで仕組みを作る猶予がないまま(あるいは仕組みを作るのが苦手なまま)、人海戦術で回そうとすると顧客体験がじわじわと壊れていく。するとリピートが落ち、結局また広告に頼り、その投資が回収できず徐々にキャッシュが細っていく。
では、どうするのか。
僕は、これからの日本のD2Cは「もっと開き直っていい」と思っている。最初は熱量だけで突っ走っていい。ブランドストーリーやブランド体験を徹底的に自分たちで作り込んで、イノベーターやアーリーアダプター等の初期顧客をつかむ(ここはD2Cの得意領域)。その後、一定のところまできたら物流やCSはどんどん外部に任せていい。
システムやカスタマーサクセスの設計も信頼できるパートナーに預け、固定費を変動費化してリスクを小さくする。そして日本ならではのやり方でリアルの接点を持つ。リアルの接点はまずはポップアップでもショップインショップでもいい。ブランドに触れられる場所をつくる。
その上で、事業の重心をきちんと見極める。いつまでも「いくら広告を打てばいくら売れる」ではなく、どれだけ長く顧客がこのブランドを好きでいてくれるかを測る。P/Lの中で一番重たい箇所を、フェーズごとにどう動かすかを計算しておく。そうしないと、広告だけで無理やり売上を伸ばしても、財務は息切れする。
もっと具体的にいうなら、立ち上げから一定の売上規模(例えば年商1〜2億円)までは粗利を最大化しつつ、その粗利をなるべくブランド資産(顧客体験やプロダクト改善、ストーリー強化)に再投資する。つまり「利益を残す」より「リピートを育てる」ことを優先する時期だ。
次に年商が数億円を超える頃には、どこで固定費を外に逃がし、どこは自分たちで抱えるかを冷静に選別する必要がある。物流はアウトソースするのか、自社倉庫を持つのか。カスタマーサクセスは完全に外注するのか、ハイブリッドにするのか。固定費と変動費の比率を数パターンでシミュレーションし、最悪のシナリオでキャッシュが回るかを必ず試算しておく。
さらに、広告費のKPIを「初回転換率」から「N回目購入までの投資回収率」に早い段階で切り替えるのも大事な視点だ。これをKPIの主語として組織に根付かせると、LTV志向の施策が自然に増える。(N回目購入までの投資回収をKPIにしている組織は、体験設計や商品改善、CRM施策に力を注ぐ。このKPIの置き方ひとつで、組織が自然に「LTV最大化」に頭を使うようになり、広告費を単なる「初回売上を作るコスト」ではなく「長期の顧客価値を育てる投資」に変えられるようになる)
最後に、リアルな接点を計画的に増やす。ポップアップでもショップインショップでも構わないが、どの時期にどの規模でやるのかを事前にロードマップに埋め込んでおくと、「思い出したときに慌てて出す」にならず、ブランドの物語を段階的に育てられる。
要は、熱量、構造、文化をシームレスに繋ぐだけじゃ足りない。それをいつ・どこで・どの重さで戦略的に配置するかまで決めること。そこまで踏み込んで初めて、利益は自然に動き出す。