2025.01.03
ビジネスを動かすデザイン、デザインを拡張するビジネス
「デザイナーはビジネスを理解すべきか」
事業会社のデザイン組織においても、デザインエージェンシーにおいても、たまに耳にする問いだ。昔ながらのトラディショナルで職人的なデザイナーは「ビジネスを理解しなくて良い。美しいもの、魅力的なものを作るのが仕事だ」といい、IT企業に務めるデザイナーやデザインエージェンシーのサービスデザイナーやビジネスデザイナー的なロールの人は、「デザイナーはビジネスを理解すべき」と主張したりする。
そもそも、僕の意見は〈デザイン〉と〈ビジネス〉を切り分ける発想自体が、すでに時代のズレを含んでいるというか、言葉を選ばず言えばナンセンスで時代遅れな感覚がある。
デザインは長らく「形を整える」行為と見なされてきた。ロゴ、パッケージ、UI、店舗什器。目に映る部分を美しくそろえ、使いやすくする専門領域。しかしソフトウエア化、EC化が進んだ現在、顧客のタッチポイントはプロダクトの外側にまで広がり、デザインは「事業体験そのものの設計」に近づいた。たとえばオンライン家具ブランドが、画面上の3Dシミュレーションから配送・組み立てサービス、不要家具の回収まで通貫で設計する流れはその典型だ。意匠ではなく、収益構造と体験構造を同時に建てることがデザインの役割になっている。
一方、ビジネス側では「デザイン思考」を導入したワークショップ等がある程度普及したものの、収益改善に結びつかない例も少なくない。ここで見落とされがちなのは、デザインの価値がP/L上のどこに効いているかを定義しないまま施策だけを実装してしまう構造だ。たとえばトップページのUI改修でCVRが上がっても、物流リードタイムが長ければLTVは伸びず、広告費だけが膨らむ。美しく整理された画面と利益は直結しない。むしろ在庫回転率や返品率を左右する「後工程」にデザインの視点が及んでいないケースが多い。
逆に、デザインとビジネスが噛み合うとき、両者は不可分になる。ある企業では、カスタマーサポートの応対トーンをブランドガイドの一部に組み込み、問い合わせ1件当たりの処理時間を短縮しながらNPSを向上させた。結果、リピート率が上がり、広告投資を抑えたままLTVが伸びた。ここでは「言葉の選択」というミクロなデザイン判断が、販管費と粗利のバランスを動かした。
同じように、ヒューストン国際空港では、到着客から「荷物が出てくるまで時間がかかる」との苦情が絶えなかった。最初の対応は人手増やOps改善による処理速度の向上だった。その結果、平均待ち時間は8分に短縮されたが、クレームは消えなかった。そこで再度旅客の動線を観察したところ、ゲートから荷物受取所までの1分の歩行時間に対し、荷物を待つのに7分かかっていることがわかった。
この非効率な“立ち止まり”体験を改善するため、チームは荷物受取所までの移動距離を延ばし、歩く時間を6分に増やす設計を実施。その結果、「6分歩いて2分待つ」というリズムがつくられ、体感としての待ち時間が劇的に軽減された。荷物の到着速度は変わらないにも関わらず、旅客の満足度は向上し、苦情はほぼゼロになった。これは、体験の構造を再設計し、「受動的待機」を「能動的行動」に転換したことで得られた成果だった。
つまりデザインは、「目に見えるもの」だけでなく、一見、目に見えない要素や「数字を動かす仕組み」を対象にし得るのである。言い換えれば、ビジネス視点はデザインの一部であり、デザイン視点はビジネスの一部であり、境界線はもはや意味を持たない。仕組みのデザインとも言えるだろう。問題は両者のあいだに橋を架ける「越境人材」または「翻訳者」がチーム内に存在するかどうかだ。
ビジネスとデザインの境界線が曖昧な時代の中での、デザイナーに求められる役割について、僕の仮説(今日時点での)を整理しておく。
① デザインの射程を必ず「P/Lまで拡張」する。KPIがどの勘定科目に影響するかをプロトタイプ段階で定義しておく(デザインと数字の変数の位置を近づける)。
② ビジネスの制約を創造の土台にする。価格、在庫、物流など数値制約を前提条件として、デザイナーの設計思考に組み込む(デザイナー側にビジネスの仮説と条件を正しく伝える)。
③ 翻訳者役を組織に埋め込む。デザイナーと事業責任者双方の言語を行き来できる人材を初期フェーズから配置する(これが一番むずかしいように思う。ビジネスのわかるデザイナーを探すか、デザインの分かるビジネスサイドを探すか)。
この三点を意識的に設計できれば、「デザインかビジネスか」という二項対立的な考え方ではなく、デザインはビジネスを動かし、ビジネスはデザインの射程を広げ、現代の市場やニーズに合った設計思想や組織設計ができるのではないかと感じる。