2025.10.12
世界の「HAKUBA」になった長野県・白馬村の魅了と課題
白馬村の年間宿泊者数は、コロナ前(2018〜2019年)に約100万人を記録し、その後、2024–2025年のウィンターシーズンでは来訪者数が約130万人を超え、過去20年で最多を更新したそうだ。そのうち外国人比率は約46%。つまり、人口たった約8,600人の山村が、わずか数ヶ月で60万人以上の訪日外国人を迎えているということになる。僕も毎年のように白馬に通っているので、同じような変化を感じている。
このように、白馬は「地方創生」や「観光立国」の文脈において、外貨を大きく獲得できる稀有な山村となった。国内の中山間地域が軒並み人口減少と経済縮小に直面するなかで、白馬だけが明らかに異様なカーブを描いているのは、こうした「国際リゾートHAKUBA」としての経済構造が大きい。
事実、「外貨を獲得できる地方自治体」という視点で見れば、白馬は完全に成功モデルといっていい。長野県の中でも観光消費額は群を抜いていて、Visaの調査ではスキーシーズンにおけるインバウンド客が全体支出の約90%を占めるとの調査もある。
しかしその裏で、白馬は別の構造的課題を抱え始めている。
ひとつは、不動産価格の急騰と空き家の二極化。
2010年代以降、オーストラリアや欧米を中心とした投資家・移住者によって別荘需要が急増。中心エリアの土地価格はこの10年で約2〜3倍に上がったとも言われている。一方、村の周縁部では空き家の老朽化が進み、管理すらされていない物件も多い。市場が「魅せる風景」にだけ集中し、そこから漏れた土地や建物の価値は逆に失われていってしまう。
もうひとつは、リゾート一極集中の構造。
村の経済は依然としてウインターシーズンに大きく依存しているように思う。ウィンターシーズンの12月〜3月の数ヶ月間に、宿泊・飲食・交通・観光収入の多くが集中している。2023年の村内宿泊者数においても、冬期(12月〜3月)は約53万人、夏期(6月〜9月)は約21万人と、冬季が約2.5倍のボリュームになっている。実際、冬に行く白馬と春夏に行く白馬の印象はまったく違う。
また、外国人向けの店舗も増えて、ホテルも昔より予約しづらく、単価が高くなっている印象がある。僕の周辺の日本人スキーヤーやスノーボーダーが嘆いているのもよく聞く。
気候変動により雪の安定供給が年々難しくなっているのもリスクに感じる。体感でも、かつては3月でも新雪があったが、最近は雨が降る日や春のように温かい日が多くなり、スキー場のボトムエリアは雪が完全に溶けて地面が露出している状態をよく見かける。
調べてみると、3月の白馬で雪だけが降る日は「平均で2〜3日」ほどしかないらしい。白馬は昔より「ドカ雪」は増えているようにも思うが、シーズンが短くなっているのは確かだと思う。
もちろん、こうした構造に対して、白馬が何もしていないわけではない。
春から秋にかけてのグリーンシーズンの再設計に最も力を入れているのが「白馬岩岳マウンテンリゾート」だろう。同施設は、アルプスを一望できる絶景テラス「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR」を皮切りに、山頂でのグランピングやヨガ、そして国内有数のロングトレイルを備えたマウンテンバイクフィールドなど、多様なアクティビティを展開している。
こうした複合的な体験価値の設計により、岩岳は2018年のグリーンシーズン開始当初と比べて来場者数は5年で3倍以上に増加し、2023年には約28万人に達している。余談だが、岩岳の成功は、2016年ごろから社長を務め、コンサルのベイン出身の和田寛氏の活躍が大きかった(現在は退職)。彼は現場主義を徹底し、駐車場整理やスタッフとしての当直まで自ら行ったというエピソードもあったり、その姿勢が現場に浸透したことが戦略転換を強く支えたとされる。
こうした白馬村全体の成果は決して偶然ではない。派手な観光演出に頼るのではなく、自然の中で過ごす時間を、日常の延長として心地よく感じられるような場づくりが積み重ねられてきた結果だと思う。アウトドア企業のフラッグシップストア進出や、地元の人の取り組みも大きい。単に賑わいを売りにするのではなく、むしろ日本らしいローカル感や余白のある空間にこそ、いまの海外からの旅行者は価値を感じているように思う。
だが、それでもシーズン格差はまだ大きい。グリーンシーズンの宿泊稼働率や飲食消費、村内周遊の手段は、依然として少ない。今後、白馬が「持続可能な外貨獲得地域」になるためには、シーズン間の経済の揺らぎを少なくする仕組みも必要と感じる。
また、もう一つ重要なのは「誰がこの経済を担っているのか」という問いだ。観光産業の最前線で宿を運営し、カフェを開き、不動産を所有しているのは、多くが外国人移住者や都市部からの起業家だ。地元の高齢層や一次産業との接続はまだまだ弱く、文化的な断絶を危惧する声もある。
白馬は、たしかに外貨を稼いでいる。ただしその利益が村全体に均等に行き渡っているとは言いがたい。むしろ、グローバルとローカル、中心と周縁、投資される場所と見捨てられる場所のあいだで、村は目に見えない摩擦を抱えはじめているようにも感じる。
白馬には日本の山間地域の外貨獲得のロールモデルとしての希望がある。自然の美しさ、土地の力、そしてそれを再設計しようとする試みがあり、しっかりと成果も出ている。一時的なリゾート・観光地としての「HAKUBA」ではなく、暮らしの受け皿としての「白馬村」を今後どう設計していくか。その問いに向き合うことこそが、これからの地方と観光の関係を考える上でのヒントになると感じている。