2025.09.06
長野県・御代田町をめぐる小さな磁力
もう4,5年前?になるが、藝大時代の同期の友人が家族で御代田に移住した。彼女は東京生まれ東京育ちだったので、正直に言えば意外だった。Takramで一緒に仕事をしていた同僚・先輩も、数年前から家族で御代田で暮らしている。ちょうど仕事で軽井沢に行った際にご自宅へ伺ったが、自然に囲まれたとても素敵な家だったことを覚えている。彼らが別々のタイミングで決めた移住先が、同じ小さな町だという偶然。僕自身も軽井沢や北軽井沢、小諸や御代田エリアには仕事やプライベートで何度も訪れたことがあったし、好きなエリアのひとつだったので親近感が湧いたのを覚えている。
御代田町は、軽井沢の隣に位置しながらも観光地然とした派手さはなく、その分、暮らしに寄り添う自然や程よいコミュニティがある。ここ数年、実際にクリエイターの移住が増えているというデータもある。軽井沢周辺の移住者統計を見ても、都市部からのクリエイティブ層の流入が確実に増えている。(移住者増加に関する統計では、コロナ禍の2020年に東京23区から510人が軽井沢に移住し、その隣接町である御代田町でもほぼ同様の傾向が見られたという報告もある)
僕の周りでも、御代田や軽井沢エリアに移住した人が4組いる。統計的な傾向と自分の体感がきれいに重なっている。
御代田町は長野県東信、軽井沢の少し西隣に位置する。標高は約800m。夏は東京より5度ほど気温が低く、空気にべたつく湿気が少ない。長野と言うと多くの人は雪を心配するけど、「豪雪地帯」というほどでもなく、冬もそこまでたくさん降らないので実は生活がしやすい(雪はあまり降らないが、山からの吹き下ろしの風は寒いのが注意)。
東京から北陸新幹線に乗れば軽井沢まで70分ほど、そこから車で15分程度(軽井沢から御代田まで電車もある)。車だと都内から約2時間半。この立地とアクセスの良さが「別荘」ではなく「もうひとつの日常」を持つ感覚をつくるのかもしれない。
僕が軽井沢・御代田エリアを訪ねるときに欠かせないのがスーパー「ツルヤ」だ(実は僕はスーパーが好きでいろんなご当地スーパーに行く)。言ってしまえば地元のスーパーだが、ツルヤはただのスーパーマーケットではない。ワインやりんごジュース、地元の味噌やジャムが整然と並び、どれもツルヤのPB(プライベートブランド)のオリジナル商品の完成度は高く、妙に美味しい。「ツルヤやヤオコーのそばに住んだらQOLが上がるし、それが一番合理的では」と真剣に考えたことがある。それくらい、ツルヤは御代田や軽井沢、長野県の暮らしの一部を象徴している気がする。
御代田の魅力をもう少し構造的に整理するなら、3つの層に分けられる気がする。まずは気候や地理、東京との絶妙な距離感といった物理的な条件。前手でコラムを書いた勝浦も都内からのアクセスがちょうどいい条件だ。次に、ツルヤのような強いローカル経済圏が日常に根ざしていること。最後に、移住者の持ち込む外部の価値観やサウナ、MMoPなどの都市からのコンテンツがそっと混ざり合って、町全体が穏やかに更新されていくという文化的な層。
この3層がうまく絡み合って、御代田という町に独特の魅力・磁力をつくっているように思う。都市に疲れた人がただ自然に癒されに来るのではなく、都市的なリズムや思考を少し持ち込みながら、それを少しずつ解きほぐす場所。そういう意味で御代田は、二拠点居住や移住の先にある「新しいライフスタイル」の実験場のようにも映る。
つまるところ町の魅力は数字やデータで語れるものではなく、その場所に置かれた自分がどう呼吸するか、どう時間を過ごせるかに尽きる気がしている。御代田にいると不思議と時計を気にしなくなるし、呼吸もゆっくりになっている気がする。
僕が次にこのエリアを訪れるのはいつになるだろう。久しぶりにMMoPにも行きたいし、小諸のわざわざにも行きたい。ゆっくりしながら、街に触れながら、自分はどんな暮らしをしたいのか、そっと丁寧に問い直す時間を作りにいきたいと思う。