2025.04.11
格闘技ブーム再熱についての考察
格闘技団体であり格闘技イベント「RIZIN」をPPVで観る機会が増えた。日本においてここまで格闘技が流行ったのは、K-1, PRIDE時代以降初めてだろう(当時の学生、男子たちは、みんなアーネスト・ホーストやボブサップやミルコ・クロコップ、ノゲイラやマーク・ハント、ヒクソン・グレイシーについて語っていた)。RIZINの大会前夜、お互いの煽りや会見の切り抜きがYouTube等で再生され、当日は X のタイムラインが試合結果で埋まる。かつてPRIDEの熱狂をテレビで見ていた世代としては、メディア環境が一変したのに観戦熱だけが同じ温度で戻ってきたことが不思議でもあり、納得でもある。
そこで今回は、格闘技ブームが再熱した理由などを考察してみようと思う。
① 日本の格闘技ブームが再燃した理由
一つのきっかけとしてコロナ禍に東京ドームで行われた「THE MATCH 2022」が大きい。コロナ禍で多くの人が暇になっていた、可処分所得が増えていた、コロナの影響でストレスが溜まっていた上に、テレビもネットも刺激的なコンテンツがなくなっていた中での、天心 vs 武尊のカードはとにかく注目を集めた。そのTHE MATCHがきっかけで、その後、ブームを牽引し、新規市場を開拓したのが朝倉未来の存在だ。朝倉未来は格闘家×YouTubeで格闘技市場の裾野を広げ、ブレイキングダウンによって更に顧客層をワイドにした。そこに加えて、PPV×SNSの仕組みが持つ相乗効果もあった。従来型の地上波では放送枠に合わせ試合間隔を調整し、スポンサー協賛で制作費を賄う必要があった。RIZINはAbemaやU-NEXTを介したPPVでコアファンから先に収益を取り、ハイライトや煽りVを無料でSNSに放流して外側を拡張するハブ&スポーク型を採った。視聴者は「短尺で熱量を高め→有料で試合を買う」という二段階の行動設計に乗る。結果、テレビ視聴率より細かいKPI──DAU、ARPU、離脱率──で意思決定が可能になり、カード編成やチケット価格がデータ駆動になる(実際RIZINがどこまでデータドリブンでできているかは不明だが)。
② 格闘技のストーリーテリング化
特にRIZINは「実力主義」だけでなく「ストーリーテリング主義」が特徴だ。海外の格闘技団体のUFCやONE、(ベラトール)などは、実力主義でドライでコンスタントに試合が行われる。一方で、RIZINはもともとプロレスの文化背景をもっていることもあり、物語的に興行が行われる(そのせいでリングがケージではなくロープになっていたり、ガラパゴス化しているデメリットもあるが)。事前に十分なストーリーを育んでから試合が行われるのが特徴だ。那須川天心や朝倉未来、平本蓮のようにSNSフォロワーを多く抱える選手を興行のメインカードやサブに据え、格闘技未経験層を可視化されたファンコミュニティごと呼び込む。この「ファンベース連動カード」はPPVモデルと親和性が高く、フォロワーやファンがそのまま潜在PPV購入者に変換されるため、興行側は「実力×話題性」で評価し、カードごとの売上予測を立てやすい。
③ 副次的経済圏の形成
PPV収入に加え、ファンミーティング、限定グッズ、NFT形式のデジタルチケットなど周辺ビジネスが立ち上がりやすいのもポイントだ。テレビでは「放送終了=タッチポイント終了」だったが、PPVプラットフォームは試合後もオンデマンド視聴や限定コンテンツで課金機会を継続できる。さらにスポンサーも露出量ではなく「購入データ連携」を求めるため、配信プラットフォーム内でリタゲ広告を打てる仕組みも魅力的に映る。
④ 社会的コンディションとの親和性
コロナ禍で観客動員が制限された時期、スポーツビジネスは一斉にライブ配信を模索した。RIZINはもともとPPV比率が高く、無観客や半減客でも収益構造が大きく崩れなかった背景があった。加えて、在宅時間の増加で「リアルタイム視聴+チャット(またはXなどのSNS)」のライブ体験が娯楽の主流となり、格闘技の一発勝負性がSNS拡散と噛み合った。
⑤ メディアとファン心理の変位点
テレビ時代は実況席のテンションや編集で盛り上げが制御されていた。いまはファン同士のスペース配信やDiscordが「実況席」になったり、元格闘家や現役格闘家などがRIZINの興行時にYouTubeライブ配信で解説をしたりもする。格闘技関連のコンテンツとチャネルはYouTube、X、TikTok、note、などで発信され、公式以外のコンテンツがファンや格闘家から量産され、コミュニティが拡張されていっている。RIZINは公式ストリーム以外のUGC拡散を意図的に許容し、二次創作的な解説や切り抜きがネット空間で熱量を自己増殖させる設計を採っているように思う。これは著作権統制を強めた旧来スポーツとの大きな差分だ(ある程度の規制はしているが、他のスポーツよりは緩いように感じる)。
上記が格闘技ブームが再熱した理由である。一方で、格闘技ブーム衰退する可能性も考察してみようと思う。
A) PPV単価の天井到達。熱量コア層が買い支える上限が近づき、価格弾力性が急落すると収益モデルが先細りする可能性
B) カード編成のネタ切れ。知名度×実力で組むマッチメイクが飽和し、話題性を担保できるスター素材が枯渇する可能性
C) UGC拡散→権利規制シフト。違法配信・切り抜き対策で締め付けが強まると、無料の話題拡散エッジが一気に鈍る可能性
D) スポンサーROIの低下。DAUやCTRがピークアウトし、企業が「他ジャンルのスポーツ&eスポーツ」へ広告予算を振り替える可能性
E) 安全性・倫理リスクの顕在化。怪我・健康被害やギャンブル要素や反社対策等への批判が強まり、プラットフォーム側が配信規制を強化
上記のように、PPV収益・話題性・スポンサー投資・拡散エンジン・レギュレーション、この5点のどこかが崩れると、現在の成長曲線は鈍化しやすい、というのが僕の仮説だ。
つらつらと再熱や衰退の要因や仮説を述べたが、結局のところシンプルに言えば、朝倉未来という強い個人の人気が、日本の格闘技ブームと強く相関しているのは間違いない。彼の人気や熱量が下火になれば、この市場も衰退・冷え込む可能性がある。そしてRIZINも、そのリスクを痛感しているからこそ、次のスター候補を複線的に育てようと懸命なのだろう。
いずれにせよ、個の人気に収益モデルを大きく依存する構造(スター依存型エコシステムの構造的脆弱性とも言える)は、短期的には熱量を生むが、中長期での安定性にはリスクが残る。会社や組織でも同様にリスクが高い。RIZINが次のスターを複線的に育てようとするのも、そうした背景があるのだと思う。