コラム

COLUMN:

D2Cの課題は垂直統合型の構造にこそあるか

D2Cという言葉が一般に広まってから、すでに数年が経った。
もはやトレンドではなく、一つの選択肢として定着しつつあるとも言えるが、一方で「D2Cの立ち上げに成功しても、持続・拡張に失敗する」という話は、決して珍しいものではなくなった。成長の鈍化や経営資源の枯渇が目立つD2C企業も多い。

このモデルの最大の魅力は、ユーザーとのダイレクトな接点と、ブランドの思想を強く打ち出せる自由さにある。中間流通を介さないことで、価格の透明性や語りたいストーリーを制御でき、SNSを通じた共感や熱量をベースにした立ち上げも可能になった。

けれど、その「熱量ドリブン」な立ち上げ方こそが、長期的な持続性において足かせになることもあるように感じる(私自身はD2Cがもてはやれさはじめたときから、ブランド構築における垂直統合モデルとしての魅力は感じていたが、ビジネス視点では懐疑的な視点もあった(特に。「棚」を取りに行かないモデルのスケーラビリティの限界について))。

D2Cの落とし穴のひとつは、初期フェーズのスモールチームやオーナーの個人スキルやセンスに依存した「職人的運用」にある。プロダクト開発から広告運用、ECサイト構築、顧客対応、在庫管理まで、すべてを内製で行うスタイルは、俊敏であると同時に、極めて属人的でもある。

こうした体制は、ある規模まではうまく機能する。が、スケールする過程でボトルネックが必ず露呈してくる。多くの場合、業務が暗黙知化され、属人化し、仕組み化されないまま事業規模が拡大し、品質やスピードの維持が困難になりはじめる(スピードや標準化を取りに行くと、ブランドの尖りが弱くなり、品質を取りに行きすぎればコストが嵩んで利益構造が悪くなる)。

さらに、広告費や物流費の高騰により、CAC(顧客獲得コスト)とLTV(顧客生涯価値)のバランスが崩れやすい点もD2Cのビジネスモデルの悩ましいところだと感じる。立ち上げ時は、SNSや知人経由で熱狂的なファンを集客できたとしても、第二・第三の顧客層へのリーチにはコストがかかる。広告チャネルの飽和や、コンテンツの多様化、ブランドの増加、アルゴリズムの変動によって、かつての効率は維持しにくくなる。

また、日本市場特有の事情として、プロダクト単体でLTVを積み上げるには限界があることも多い。北米市場とは異なり、日本では定期購入やアップセル文化が根付きにくく、ユーザーが同じブランドに長く留まるとは限らない。結果として、初回購入後の継続率が伸び悩み、LTV改善施策に苦しむD2Cブランドが多い。

構造的に見れば、D2Cモデルは「垂直統合による一貫性の高さ」が強みであると同時に、「すべての責任を自分で負う脆さ」も内包している。特に、事業の第二章=スケールフェーズに入る際に、そのバランスをいかに変化させるかが重要になる。

つまり、D2Cブランドが持続可能性を持つには、「立ち上げ期」と「拡張期」でまったく異なる設計思想が必要だということだ。前者が個人と熱量、後者が仕組みと再現性。そのスイッチを適切に行えるかどうかが、ビジネスとしての成功の分水嶺があるように思う。

僕の仮説としては、これからのD2Cには、「ブランドをつくる力・統合する力」だけではなく、「ブランド企業の運営を設計する力」が必ず必要になる。しかも、それは単なるオペレーション効率化の話ではない。事業としての中長期視点での構造的なバランス。内製と外注、熱量と冷静、共感と数値管理。職人と標準化。センスとマニュアル。そうした対立概念を、段階的に組み直す力が問われている。

熱量だけではビジネスは続かない。仕組みや再現性だけでも惹かれない。その間にある「リソースや組織の再構築力」こそが、D2Cの次に求められていると感じる。