コラム

COLUMN:

話すよりも、聞くほうが難しい

コロナ禍に、「LISTEN―知性豊かで創造力がある人になれる(著:ケイト・マーフィ)」を読んだ。いい本だったのに特にアウトプットしていなかったので、改めてまとめてみる。

内容を凝縮するとシンプルで、「現代人は思っている以上に、人の話を聞いていない」という話だ。SNSやスマートフォン、短い動画、絶えず流れてくる情報。常に何かを発信し続ける環境の中で、ぼくらは「話す力」ばかりを鍛えて、「聞く力」を少しずつ失っているのかもしれない。

書店にいってもプレゼン力の本、結論から話せ的な本、ロジカルに話す方法、語彙力・言語化力などの本が並ぶが、聞き方や聞く力にフォーカスした本は確かに少ないように思う。

読んでいて印象的だったのは、著者が聞くという行為を単なる受け身として扱っていないことだった。

人の話をちゃんと聞くには、自分の考えや結論を一旦脇に置かなければいけない。相手に興味を持ち、相手を中心に考える。仮に予想していた答えと違ってもそのまま受け止める必要があり、それは想像以上にエネルギーがいる行為だ。

たしかに、自分自身を振り返ってみても、会話中に「次に何を話そうか」を考えている瞬間は多い。相手の言葉を聞きながら、実際には自分の頭の中で整理している論点の構造化や整理途中の言語、伝え方はどうすべきか、そういった自分の頭の中の思考、自分の頭の中のノイズを聞いている。

でも、ごくたまに「この人は本当に話を聞いているな」と感じる人がいる。そういう人と話していると不思議とこちらも深い話をしたくなる。安心感というより、自分の中にある曖昧な感覚が少しずつ整理されていく感覚にも近い。

聞くという行為は、情報収集というより相手と一緒に何かを発見していく感覚に近いのかもしれない。

相手の中に最初から整理された答えがあるわけではない。話している本人もまだうまく言葉にできていないことがある場合もあるし、ぼんやりした違和感や理由の分からない好き嫌い、まだ名前のついていない感情のようなものがあったりする。

それをこちらが急いで解釈したり、正解らしい言葉に置き換えたりしない。少し待ったり、問い返すことで相手が言い直す時間をつくる。すると、最初は曖昧だったものに少しずつ輪郭が生まれてくるような気がする。

よく聞く人と話していると、ただ話を受け止められているというより、自分でも気づいていなかった考えに近づいていく感覚がある。相手に教えてもらっているようで実は自分の中から引き出されている。会話が単なる情報交換ではなく、小さな発見の場になることもある。

最近は「自分の意見を持つこと」が強く求められる時代だけど、その前に、ちゃんと他人の話を聞けているだろうか、と少し考えさせられた。

そんなことを思った書籍だった。全体にやや学術的で説明的な文章が多いのでときどき退屈してしまうが、おすすめの本だった(いまさら感も否めないが)。

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