2025.03.11
「備え」と「癒やし」の間でデザインが果たすこと
大地が揺れるたび、人は壊れた街を立て直すだけでなく、そこでの暮らしや記憶をどう包み直すかを問い直してきた。1995年の阪神・淡路大震災から2011年の東日本大震災、そして2024年の能登半島地震まで――被災地に現れた数え切れないプロトタイプは「震災とデザイン」という長い対話のログでもある。本稿では“応急”“復興”“継承”という三つの時間軸で、その対話がどこへ向かっているかを探る。
1. 応急フェーズ──混乱を秩序に変える即興デザイン
揺れが収まった直後に求められるのは、情報とプライバシーを確保するためのごくベーシックな道具だ。東日本大震災では坂茂が考案した紙管による Paper Partition System が避難所で1,800区画を素早く仕切り、家族の輪郭と小さな日常を取り戻した。デザインブーム 同じ頃、建築家グループが立ち上げた「Home‑for‑All」は、集会所兼カフェの小屋を被災地へ複数建設し、人が集まる“火だね”を点在させた。デザインブーム
2024年の能登半島地震では、紙管の改良型パーテーションや可搬式サウナが仮設住宅に併設され、「温まる」「話す」という行為がメンタルヘルスを支えたという報告もある。The Japan Times
2. 復興フェーズ──“住まい”を超えたコミュニティ設計
仮設から恒久へ移る過程で浮かび上がるのは、住宅そのものより「関係の断絶」だ。阪神・淡路の復興では、ゾーニング手法よりもむしろ住民参加ワークショップが街区の再編を左右したと神戸市は振り返る。神戸市公式ウェブサイト 一方、東北では入居後の孤立を防ぐため、三陸沿岸の公営住宅に“みちの間”と呼ばれる共有土間が設けられ、小さな商いが芽生えた。
能登では高齢化が進む集落を前提に、「医療・買い物支援を抱えた小規模分散型住宅」が試験導入されつつある。行政と民間、そしてデザイナーが協働し、仮設住宅の配置から買物バスの発着場まで“一筆書き”で計画する取り組みだ。朝日新聞
3. 継承フェーズ──記憶を未来に手渡す“かたち”
震災を「遠い出来事」にしないためのデザインも進化している。三陸沿岸には、津波到達ラインを可視化するインフォグラフィックや、被災写真をあえて現地に重ねるARアプリが整備され、観光客が体験しながら学習できる仕掛けが増えた。能登ではアーティストが空き家の壁に住民の言葉を映し出すプロジェクションを行い、“まちの物語”を夜空に浮かび上がらせている。Nippon.com | Your Doorway to Japan
4. 今後への示唆――「備えるデザイン」のアップデート
視点 | キーアクション |
---|---|
マルチスケール | 家具レベルの即席ツールと、都市インフラの更新を同時進行で設計する |
データと余白 | センサー情報で危険を即時可視化しつつ、住民が用途を再編集できる“未完”の場を残す |
文化接続 | 復興過程そのものをアート/観光資源化し、経済循環と記憶継承を二重化する |
まとめ
震災は一瞬で形あるものを奪うが、その後に現れるデザインは「形が人の関係を守る」ことを何度も証明してきた。紙とロープで仕切られた簡素な幕も、街の余白に灯る小さな集会所も、やがて新しいコミュニティの骨格へと成長する。次の災害に備える私たちは、応急・復興・継承の時間軸を同時に想像しながら、余白と情報をどう編み合わせるか――その問いをデザインに託していくことになるだろう。