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原研哉──〈白〉と〈余白〉で世界を編むデザイナー

先日、とあるイギリス人デザイナーと会話していたときに「日本最高のデザイナーは?」と聞かれた。「最高のデザイナー」という観点で考えたことはなかったが、もし問われるなら私は「原研哉」「深澤直人」を挙げると思う。(もちろん文脈や話のディテールによっては回答も変わるかもしれないが)

原研哉は、1958年に長野で生まれたデザイナーだ。武蔵野美術大学で視覚伝達を学び、日本デザインセンターを経て自身の HARA DESIGN INSTITUTE を設立。2002年から無印良品のアートディレクターを務め、「何も足さない」美意識をブランドの共通語にした人物として広く知られている。著書『Designing Design』や『White』は十数言語に翻訳され、静けさや余白に宿る日本的感性を世界に紹介した。​

原のデザインには、白がよく似合う。けれど、その白は真っさらではない。むしろ「まだ語られていない物語」を受け止める柔らかな場として機能する。無印良品の広告やパッケージで目にする広い余白は、私たちに「続きを想像してみてほしい」とそっと促すようだ。1998年の長野冬季五輪サイン計画では、雪景色と都市の導線を同じリズムで整え、白が持つ静けさを公共空間に溶け込ませている。​

こうした思想は展示の現場でも息づく。2024年、ミラノの ADI Design Museum で開かれた「ORIGIN of SIMPLICITY」展では、日本のデザイン約150点が淡い光の中に配置され、歩くたびに作品と自分自身の輪郭が立ち上がってくる不思議な体験をつくり出した。原はそこでも「削ぎ落とすことで情報を深く届ける」という持論を丁寧に実践してみせた。​

展示やプロダクトにとどまらず、彼は「RE‑DESIGN」や「HOUSE VISION」といったプロジェクトで企業や研究者を巻き込み、デザインを社会実験のプラットフォームへと拡張している。デザイナーは「きれいに整える人」ではなく、「問いを見つけ、ほかの人と共有する人」――そんな役割を静かに提案しているようだ。

2023年には DFA 生涯功労賞を受賞し、その場で「デザインとは未知をみんなで共有するための方法論」と語ったという。派手な言葉ではないけれど、余白の向こうに続いていく大きな景色を想像させる。生成AIがあらゆるイメージを量産する時代にあって、原研哉の仕事は「足さないことで世界を豊かにする」可能性を、落ち着いた声で教えてくれている。